ようこそ ○× ソーシャル 「コトノハ」へ!

コトノハは、色々なコト(キーワード)について、みんなで ○× で答えていく、新感覚のコミュニティサービスです。
あなたはまだコトノハにログインしていません。 ぜひコトノハにログインして、○×の世界をお楽しみください。

コトノハのトップページへ   |   新規ユーザ登録はこちらから

コトノハ

はさみ << prev
next >> 缶ジュースをストローで飲む

教育って何なんだろうね

○
×
  • * Googleで検索
  • * ランダム[ r ]

コメント一覧

○
  • 放任すれば現実の社会もコトノハのようになるということかな。

  • 生きるための知恵を身に付けることなのでしょう。でも最近は紫外線を全く浴びさせない人を作ったり特定のものしか食べさせなかったり特定のものを食べないようにしたり、せっかく食べても身に付かないようにしたり、目の悪い人に体の一部を持たせてコケたら自己責任の様なリスクの高い事ばかり増えてその共通の認識(教えられた教育) の中での生き残り合戦の様になってきている‥おかしいね

  • 教育、それは教師や上に立つ人間の自己満足を体言した言葉。そう「(上から)教えて育てる」そこには「(自ら)学ばせ習得させる」等という高尚な行為は含まれない。教育の限界はそこにあるのだよ、明智君。教師、教師、教師、クソの集まりは早く流されれば良いのにな。全く、やれやれだぜ。

  • 学校教育だろうが、人材教育だろうが、学ぶ大切さを教えることが必要。教育者には学んだ先にある利益をその人が得られるようにする責任がある。そしてそれに見合う報酬を得るべきである。

  • 人格の完成(教育基本法第一条)

  • 灰谷健次郎さんを生き返らせて訊いてみたい

  • 人生の岐路に立った時、出来るだけ最善の道を選ぶ思考が出来るようにすること、俺はできなかったが。

  • 深いよね。でも今のところ自分の中では、教育とは気付かせることと定義しております。

  • ねえ。よかれと思ってやるのみよ。

  • 人を成長させてゆくもの

  • 東京事変のアルバムタイトル

  • これについては一晩二晩考えてみる。所謂天才児は事実上日本で受け容れる学校がなく海外へ行かざるを得ない事情やそれはまさに障害児を抱えることに等しいと聞いたりすると思うことは色々ある。

  • 教え育てるって(略

  • 教え育てるって書いてあるよ

  • 道をしらしめ、道を授けること。

  • 教えて育てる

  • 教育者に左右される部分が大きい。子供自身が良い教育を受けたいと思っても当たりが悪ければ悪影響を及ぼすだけの存在である。自身が教育者である立場からいえば、教諭免許更新制度は現場に害を為す教育者の育成、減少の為にも多少の歯止めにはなるのではないかと思う。「最低の教師は最低の人間である」

  • 深いですね・・・。 私としては『社会に出た後、自給自足が出来る為の知識や知恵を教授して欲しいもの』ですが、実際は『点数や学歴』で評価する事が多いという傾向に・・・。 人の評価をする教育者の質が落ちてると思います。 うむむ・・・ちゃんとしたコメントになってないですね。

  • 教育と躾は明確に分離すべき。前者はいかに生徒の学習意欲を引き出すかが重要だが、後者はその対極に位置する。両者の混同が様々な悲劇を生んでいる。

  • 情操教育を考えた場合、家庭教育の方が大切だと思う。学校教育は、文部省がなんと言おうと、子供にとって良い先生に出会えるかどうか運の問題の方が大きいのでは?

  • 何の話してんの

  • 現代においては、真の当事者(生徒・学生)を蚊帳の外に、大人同士が責任を擦り付あうだけの茶番。

  • 現代では、教育をまるっきり国家にまかせることは家庭内の危機管理としてはよくないことだと思います。

  • そりゃ役人だって、そのコロコロ変わる方針の末に出来たもんだし、国家の無謬性維持のために結果責任をとらないもの。

  • 学生時代は過去のこと。文部省は10年単位で結果を判断して、コロコロ方針を変えてみてはご覧の通り・・・・・

×
  • と模索していた時期は個人としては、すでに過ぎている。国家としての方針は、個人・家庭のそれと方向性が逆相関なので、採用したり信じたりしないことにしている。

  • 同じ失敗を繰り返させぬように指導すること?

  • 人材を育てることですよ

  • 以前からずっと考えてるのだけど、わからない。おそらく現代の日本で一般に使われる「教育」という言葉は、本来の概念から大きく離れている。例えば「言語も思想のない場所では教育は存在しないか」と問われれば、そうではないと思える。人が生きる上で「自らの生き方を見せる」ということ。見た者が「自らの生き方を考える」ということ。このふたつが合わさって初めて教育というものに近づく。それは一方的に与える事もできなければ、完全な共有もできない。不完全な継承。体系化することなどできないのかもしれない。今の私に言えるのはここまで。

  • 情報の伝達と継承。それと人生に幻想を持たせる事。

  • 絶望した!今の教育に絶望した!

  • はいはい、どうでしょう? わがんねぇ?

  • お題目はどうでもイイ。自分ちのことだけ考える。教育は私であり、相方であり、地域・学校。

  • 教育と洗脳の違いってなんなんだろう、といっても教育自体は否定しませんが

  • 今日を生きると書いて、(いわないいわない…

回答したユーザ
トラックバックURL:  
はさみ << prev
next >> 缶ジュースをストローで飲む