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石原慎太郎や森喜朗ではないが、舌禍で取り返しのつかない失敗をしたことがある。

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コメント一覧

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  • 昔いた会社で、社にバレてはいけない秘密を迂闊に漏らしてしまい、直属の上司が辞める羽目に。私自身責は問われなかったが、辞めるしか選択肢はなかった。

  • メールを送り間違えて、ならある

  • 前の会社のユーザーに、絶対聞いてはいけないことを聞いてしまい、相手を激怒させて取引停止にしてしまったことがある。酒を持って土下座して謝ったが許してもらえず。しかし、石原慎太郎や森喜朗はあれだけ舌禍事件起こしてどうして平気でいられるのだろう?

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  • 以前からこの「ではないが」が気になって仕方がない。「のように」ではないのか。もしかして、「舌禍で(中略)ことがある。 」⇒「石原慎太郎(森喜朗)かよ!」という突っ込みを想定した上でそれを否定しているのだろうか。それとも舌禍で中略失敗するのは石原or森と相場が決まっていて、うにゃうにゃ // キャッハズカシ

  • 舌渦というか揚げ足取りならあったかな・・・。

  • 取り返しは付く。「石原慎太郎や森喜朗ではないが」の部分、題に要りますか。「が」の前部と後部に別個に回答すると、それぞれ○と×だ。

  • むしろ言葉が足りなくて失敗した

  • ぼくはぺーぺーだからなにをいっても平気。へんなことを言うと取り返しがつかなくなるような役職についてみたい。

  • 舌禍で取り返しのつかない失敗をするほど話もしていないし、というか話せない事により失敗ということが多いような。

  • そもそも彼らは取り返しのつかない失敗はしていない。現にその後も何度も再選されているではないか。つまり彼らの発言は支持されたのだ。

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