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浅薄な哲学は、人の心を無神論へ傾けるが、 深遠の哲学は人の心を宗教へと導く

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コメント一覧

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  • 浅薄と深遠の境界線がよくわからないけど、そこの判断が結果からの逆引きでなければ○で構わない

  • むしろ、自己満足こそがたどり着きたい先

  • 「既存の宗教のいづれか」には限らないので、「自らの思考と行動を体系だてて結びなおすという行為に従事し続ける生き方は宗教的だといえる」という意味で、「宗教へと導く」と言っているのではないかと思われる。

  • 宗教は生き方できなく手段だと考えている俺は作る側だろうな

  • つい先日見た、リテュ・サリン/テンジン・ソナムの映像作品にとても感銘を受けました。作品はチベットでのドキュメントでしたが、バチカンやメッカも同様なのではないでしょうか。哲学に目指す所があるとするならば、一番近いのは彼らなのではないか、と感じた作品です。

  • 突き詰めていくと、科学と宗教にそれほど大きな違いはないって気づくからね。それで俺も「俺教」の教祖になった

  • 哲学に詳しくはないですが様々に理由が欲しいならば宗教を入ることを勧められ、救いを宗教に求めるのに抵抗はありませんが、科学者の端くれだという建前をもって無神論者のままである自分が宗教、だそうです。日本語でおk

  • フランシス・ベーコン「随筆集」より抜粋。全くその通り。

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  • 哲学と宗教って、相容れないもんじゃなかったっけ・・?(うろんでおぼろな意識より)

  • 浅薄な哲学って言い回しがモヤっとくる。深遠の哲学も耳に馴染まない。

  • 逆。新興宗教は薄っぺらな哲学を掲げ、深遠すぎる哲学は結局無神論へとたどりつく

  • 宗教っていっても仏教に傾いたら無神論に至っちゃうよ。

  • 牛に引かれて善光寺参りの方が性に合う。

  • 全知にして全能が間違ってるので嫌。

  • 宗教分布・宗教を指す定義の変化から原文を再考慮すると、新たな側面が生まれてくる。マイノリティを認めようとする現代倫理において「哲学」と「宗教」の概念に、相容れないものを感じた。

  • あの人のpostかと思ってしまった

  • 必ずしもそうとは限らない。

  • そうだったらいいね、と○をつけたくなりました。でもそれで(自主規制)とか(自主規制)とか(自主規制)にたどりついても、ね。

  • そこで宗教に必ずしも繋がるとは思わない。

  • 哲学はその両極とも距離を置きながら傍観する姿勢だと思うが。とりあえず、君が宗教至上主義なのはよく解った。

  • 宗教は自分で考えない。考え続けるのが哲学。ひとつの思考に群れるのが宗教で、哲学は思考上は孤独。と、将来的には変わるかも知れないけど今の私は思う。

  • ベーコンの随筆集とかこの手のもっともらしい台詞は、とりあえず疑ってかかるべきだと思う。言い切っているから妙に説得力があるが、その根拠は特に示してないからなぁ。まるで学問的じゃない。

  • 宗教家に都合のいい言葉だなぁ、としか。 まぁ少なくとも勧誘マニュアルは深遠な哲学ではないでしょう。ただのハウトゥー集。

  • 何かひとつを極めるといいよ

  • 哲学は近代の宗教だったのか。知らなかったよ

  • 「哲学」を「科学」に入れ替えてもいいんだけど、人間は1つの指向性の元に集まれば集まるほど何故か腐っていくような気がするな。

  • 自分で何言ってるのかわかってるのかとやたらしがむ(言ってみたかっただけ)

  • 宗教という入口から入っても、山頂(本質)に至ることは可能なんだ。どの宗教でもいいとは言わないけど。ただ、哲学という登山口から登りはじめた人が途中で宗教に走るということは、あっちのルートの方が登りやすそうだという誘惑に負けて逃げただけだということはハッキリ言っておこう。さらに悪いことには、宗教ルートに乗り換えた時点で登山口に戻っているにもかかわらず、自分は哲学ルートで○合目まで登ったんだという余計な考えがあるため、最初からそっちを目指した人よりも登るのが難しい。

  • 浅薄を「船舶」、哲学を「鉄学」としてなんか遊べないかと思ったけど理屈を考えるのが面倒なのでやめました。

  • かといってカルト宗教にはまることもない。

  • 組織宗教と神秘主義を峻別しないなら×。するなら保留。ただ、その”深遠”の別名は虚無だったりしないだろうか。むしろ薄皮一枚の浅い現実に踏み留まることに意義があると思う。

  • 宗教は間接的にも直接的にも教義としても比喩としても、いまだかつて一つの真理も含んだとはない。というのは、どんな宗教も不安と欲求から生まれたものであるから。

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