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愛情と共依存の違いがわからない

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コメント一覧

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  • ちょうど最近そんなことについて考えていた。違うような気もするけど、どう違うのかすぱっと答えられない。

  • 病的だというのがイマイチ解らない、言えば純愛、もしくは重い。まあ対象数少ないし別にいいや、と思っている。愛情という言葉に胡散臭さを感じている。

  • 依存しあう事が愛情だと思うんだけど…。

  • よくわからないなぁ。とりあえず、私がいけないんだよと納得することで丸くおさまる

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  • なんとなくわかる。

  • 語義的に理解しているだけで実際のケースに直面していないからかもしれないが。依存と愛情がスパッと別れたある意味ドライな関係が実際あるのかどうなのか。

  • 愛と依存は違うよー!

  • 愛情と共存性って、全く逆じゃん。

  • 共依存はお互いダメになっていくだけで未来がないイメージ

  • 依存と愛が別なんじゃないかな・・・依存していても愛はない

  • 見返りを求めないのが真の愛だと信じたい。

  • 共依存は放置すると共倒れになる

  • 愛情:自然にわき起こる    共依存:何かしらに影響を受けた必然性

  • 依存し合わなくても愛情は注げる。

  • ×つけた側ほどわかってなかったりして。

  • 愛情には次に進む出口がある。共依存は永久迷路。

  • 対象を失うと同時に自己を見失うのが共依存だろうか

  • 自立出来ないことは、ただただ愛情が重いとしか感じられなくて。自立していたって愛情は重いけど...

  • 愛情を形にした結果のひとつにはなりえると思うけど

  • 相手を尊重する気持ちがあれば共依存ではないな

  • 違いは説明できるが、実際にはこのふたつは地続きだし、それでいいと思う。

  • 共依存も愛情の一種ではあるが、年齢や環境の変化とともに普通は他の形態に移行する。何かの原因で、あえて居心地の良い場所を捨てることで

  • わからなくはない、と思う。

  • マザーテレサの言葉だぜ

  • 結局向かう所が、負の精神状態へのスパイラルなのかどうかだと思っています…愛情は精神を育てる方向に働くんじゃないかなぁ

  • 双方の精神的自立度合いが大きく異なる。

  • その自覚があるなら打開するのが大人というものでは。

  • ガラス張りの向こう側の街で、大好きな人がいくつもの選択を行っている。私は携帯電話をポケットに仕舞い、椅子に腰かけたまま、お気に入りの歌を口ずさむ。

  • 結婚生活と共依存ってのは共通項が多いと思うけど、愛情って言うならあるだけマシだと思うぞ。

  • 例えば「お互いを尊敬し合える関係」は共依存でないと言ってよいだろう。他にもいろいろなパターンがある

  • 共依存は、このコトノハでの参加者のコメント発言がそれに近い。愛情は、相手の事を考えたうえでのアドバイスが言える。(2008/11/10)

  • う〜ん…あたしの中では別物だけど、そう言われると全く無関係なものでもないかもね。

  • 強いストレスを抱え込んだり、他者を巻き込んだり、周囲に不幸を伝播させたりするのが共依存なのかなとは思ってる。違いというよりも愛情の形態の一部かもしれない。

  • 人に必要とされなくても生きていける人間が愛情と無縁とも限るまい。知らんけど。

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