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死は生の対極としてではなく、その一部として存在している。

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コメント一覧

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  • 生は死を克服していて死を寄せ付けない 生自体が弱った(諦めた)時、死を迎え入れる(選ぶ) つまり生が主体で死は生の最終状態だと思う

  • いつかそこに還るのよ。

  • 「死ってのは訪れるものじゃねぇんだ。常に傍らにいてこちらが隙を見せるのを今か今かと待ち伏せてるのさ」 みたいな台詞がジオブリにあったな

  • 志賀直哉の城の崎にてでも同じようなことを言っているね

  • そして私は、そこへと還るのです。

  • 死ぬのは怖くない。守るものを残して逝くから怖いんだ!

  • 死の概念を認識できなければ生という概念もないかもしれない

  • 特に「寿命による死」は真核生物が進化によって獲得した機能だしな。多くの原核生物は寿命で死ぬことができない。

  • 死ぬことも生きることのひとつ師も言っていた。

  • ノルウェイの森読んだこと無いけど子の言葉は知ってる

  • うん、そうですね。

  • ノルウェイの森ですね

  • そこに至ってしまっては自分の意思で軌道修正できない一部としてなら

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  • 死と生を対極に捉えたことないし、その真ん中の部分は余計。

  • 死の対極を誕生とする死生観はあまりいいものではないと考える。これを採用すると、ただでさえ見え辛い死の実態がさらに隠されてしまう。

  • 逆のような気がしますが……ごめんなさい、分かりません

  • 死んでないのは生きてるし、生きてないのは死んでる し、これも正しい。考える立場の問題ですね。

  • 死にゆく為に、生きている。

  • 生の極みが死であり、死の極みもまた生である気がしてならない。しかもそれは連続している。

  • 春樹さんといえどこれはねぇ。。。生は死の一部というのなら◎だけど。

  • 一部ということは生に勝るものが?

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